「第6回太平洋・島サミット」に向けた有識者会合、代議士会と本会議の後、北京へ出発
10時から、来年5月に沖縄で開催される「第6回太平洋・島サミット」に向けた有識者会合に出席し、委員の皆さまに大臣からの委嘱書をお渡ししました。
午後、代議士会と本会議に出席した後、急いで成田空港へ。15時過ぎの飛行機で北京に向けて出発しました。明日、北京で開催される「日中グリーンエキスポ」の開会式に出席し、祝辞を述べます。午後は中国のテレビ局の取材、政府要人との会談を行い、夜、帰国する予定です。
「第6回太平洋・島サミット」有識者会合。委員の皆さまに委嘱書をお渡ししました。
衆院本会議に出席。
本会議終了後、すぐに成田空港へ。これから北京へ出張です。

ユネスコのエンギダ事務次長が外務省を表敬訪問、震災の今、内閣不信任案とは
午前中、大臣、副大臣と今後の国会対応で打ち合わせ。午後はブリーフ4件。夕方、ユネスコのエンギダ事務次長が外務省を表敬訪問されました。「平泉」と「小笠原諸島」の世界遺産リストへの記載に期待が高まります。
内閣不信任案を野党がいつ出すか、民主党内から誰が賛成するか。そんな話しが永田町を駆け巡っています。震災という国難の時、みんなで力を合わせて乗り越えていかなければならないのに、野党が提出する内閣不信任案に与党議員が賛成するという行動は全く理解できません。
外務省でブリーフです。
ユネスコのエンギダ事務次長が外務省を表敬訪問されました。

立正佼成会新潟ブロック主催の行事に参加、不眠が続きます
午前中、立正佼成会新潟ブロック主催の行事に参加しました。
午後、治療へ。最近、不眠が続き薬を使うことが増えてきました。主治医からは、上手にストレス発散と休息をとるよう注意されました。夕方の新幹線で上京。
光祥さまご巡行に出席させていただきました
1500人を超える会場いっぱいの参加者でした

加茂市と中之島地区で国政報告会、加茂高校同窓会総会に出席
午前中、加茂市で国政報告会を開催しました。久しぶりに地元の皆さんと会えて、おしゃべりできてうれしかったです。13時半、事務所で来客対応。15時〜加茂高校同窓会総会に出席しました。私の世代の出席者は少なく大先輩ばかりで緊張しました。
17時〜中之島地区で国政報告会を開催。海外出張が多く、なかなか顔出しできないのが心苦しかったのですが、「地元のことは心配するな。お国のために頑張れ!」と言って下さる方もいて涙が出そうでした。
加茂レディースまきこ会で国政報告
午後から事務所に戻り来客対応
加茂高校同窓会総会に出席させて頂きました
中之島国政報告会
東日本大震災で犠牲になられた方々に黙祷

衆院拉致問題等特別委員会で答弁、新潟市の県宅建協会総会へ
きょうは午後から衆院拉致問題等特別委員会が開催され答弁に立ちました。委員会終了後、新幹線に飛び乗り地元へ。17時半から新潟市で開催された県宅建協会の総会に出席し、ご挨拶させていただきました。
衆院拉致問題等特別委員会で答弁。
新潟県宅地建物取引業協会の総会でご挨拶させていただきました。

前夜に帰国から一夜明けて国会へ、シンガポール建国の父の話に耳を傾ける
昨夜遅く帰国したばかりで疲れがたまっていますが、国会は動いています。9時半、外務省へ。10時半過ぎ、衆院農水委員会に出席し、答弁に立ちました。
午後は代議士会と本会議に出席。14時過ぎ、都内で開催された国際交流会議「アジアの未来」に出席し、シンガポール建国の父、リー・クアンユー元首相のお話を聞きました。東アジアのどの国もみな成長を願い必死に努力していること、アジア・太平洋地域の平和と繁栄のために同じ価値観をもつ日本との連帯が重要であることなど興味深くお聞きしました。
16時半、外務省に戻り大臣、副大臣と今後の国会対応について打合せ。17時〜来週の出張についてブリーフを受けました。
衆院農水委で答弁。
シンガポール建国の父、リー・クアンユー元首相(写真右)のお話を聞きました。
外務省でブリーフです。

タイの保健大臣から日本産食品の輸入規制緩和引き出す、タイ発電公社にガスタービン発電機の長期無償貸与を感謝
8時過ぎホテルを出発。9時、タイ保健省を訪問し、ジュリン保健大臣と会談。タイ側からは、日本の要請があればタイ政府としてマッサージ師の派遣など今後も医療、保健分野で積極的に支援したいとの温かいお言葉をいただきました。
私から、日本産の食品等の輸入について科学的データに基づいた対応を要請したところ、同大臣から日本産食品等に関する輸入規制の緩和を早急に実施する旨の発言がありました。(輸入規制の対象を12都県から8都県に緩和)
10時半、タイ発電公社を訪問。スタット総裁はじめ幹部の皆様が、温かく出迎えて下さいました。日本の電力受給の逼迫に鑑み、同公社がガスタービン発電機を長期にわたって無償貸与して下さったことについて心から感謝を伝えました。
13時半、空港に到着。14時過ぎのフライトで日本へ。
タイ王室、政府、民間企業など、タイ国民から頂いたたくさんの善意と連帯を、多くの日本国民にお伝えするとともに、必ず復興を成し遂げたいと、改めて思いました。
ジュリン・タイ保健相と会談し、日本の食品等の輸入規制問題について話し合いました。
日本に発電機を長期貸与してくれたスタットEGAT(タイ発電公社)総裁を表敬訪問。
4月の「水かけ祭り(タイ正月)」返上で解体作業を行い、日本へ送ってくれました。
7月3日の総選挙を控えて、街中に候補者のポスターが立てられていました。
バングラデシュの首相顧問、タイの外務政務官、ヘイザーESCAP事務局長と会談、ESCAP総会でステートメント
9時にホテルを出発し、国連会議場へ向かいました。相変わらずバンコク市内の交通渋滞はひどく時間が読めないのでハラハラします。
10時、バングラデシュのリズヴィ首相顧問と会談しました。
11時、ESCAP総会でステートメントを行い、日本の復興に向けた取り組みと原発の収束、アジア太平洋域内の障害者施策を積極的に推進することなどを表明しました。
12時半、ESCAPで働く邦人職員と意見交換。
14時過ぎ、外務省に戻り、タイのスワンサン外務政務官と会談しました。
16時、ヘイザーESCAP事務局長と会談。18時、大使公邸で記者会見。
19時から東日本大震災に対する感謝の集いに出席しました。雨にも関わらず280人もの参加者が集まり大盛況となり、テイック親善観光大使と有名歌手のルーラさん、ガン・ザ・スターさんと一緒に、メディアの前でお寿司を食べ、日本産の食材の安全性をアピールしました。
バングラデシュのリズヴィ首相顧問と会談しました。
日本を代表してスピーチ。国連アジア太平洋経済社会委員会(ESCAP)の
総会には62の加盟国・準加盟国が参加しました。
震災からの復興と原発対応、輸出品の安全性についても丁寧に説明しました。
昼食はESCAPの邦人職員と意見交換。
バンコク市内の渋滞には閉口してしまいます。
午後、タイ外務省を訪問し、スワンサン外務政務官と会談。
ESCAPヘイザー事務局長と会談。右はUNDP駐日代表の村田さん。
夜、大使公邸で記者ブリーフ。
東日本大震災に対する感謝の集いを開催。
日本食の安全を、皆でアピールしました。※写真は左からタイの有名な歌手ガン・ザ・スターさん、
ルーラ女史、小島・在タイ大使、菊田、タイの観光親善大使のティックさんです
タイに到着、タイ、フィジー、中国、モンゴル、スリランカの外交関連大臣や副首相と懇談
成田を出発し、約6時間半後に無事、バンコクに到着しました。タイは、現在、雨季に入り、一年で最も暑い時期です。
17時過ぎにホテルへチェックインした後、直ちにタイ外務省に向かいました。せっかくの機会ですから今回のESCAP総会に出席されている各国の代表者と出来るだけ多くお会いし、震災後の支援に謝意を伝えるとともに、原発事故の現状説明や食品等輸入規制問題などについて話し合いたいと思っています。
18時半、フィジーのクンブアンボラ外務大臣、19時過ぎに、中国の呉海龍外交部部長助理と会談。タイ外務大臣主催の歓迎レセプション会場でも、タイ外相、モンゴル副首相、スリランカ上級大臣と懇談しました。
バンコク到着後、直ちに参加者の一人であるフィジーのクンブアンボラ外相と会談。
続いて、中国外交部部長助理・呉海龍氏と会談。
夜の歓迎レセプション会場でモンゴル副首相と懇談。
日本企業の進出も多く、経済成長を続けるバンコク市内。

明日からタイに出張、国連アジア太平洋経済社会委員会第67回総会でスピーチ
国会のお許しをいただき、明日からタイに出張します。23日の午前中に出発し、25日の夜中に戻る日程です。バンコクで開催される国連アジア太平洋経済社会委員会(ESCAP)の第67回総会に、日本政府の首席代表として出席しスピーチを行います。
タイ政府からは東日本大震災に際して、義援金や救援物資の提供、タイ人小児科医師と看護師の派遣などたくさんの支援をいただきました。タイ発電公社からは今夏の電力不足を補うため発電機を貸与していただいたので、政府要人と会談し、謝意をお伝えしてまいります。
また、現地大使館において「感謝の集い」を開催し、日本を支援してくださった方々やNPO、観光関係者、マスコミ関係者などもお招きし、日本の復活に向けたアピールと日本へビジネスや留学、旅行にどんどん来ていただきたいこと、農産品をはじめとする日本食の安全をアピールしてきます。
温家宝首相と李明博大統領が来日、宮城県内を視察、福島県知事と面会
いよいよ日中韓首脳サミットが始まりました。中国の温家宝首相、韓国の李明博大統領が来日され、宮城県内の被災地を視察、献花したあと、午後は福島県に移動し、菅総理と一緒に佐藤福島県知事と面会されました。その後、3人そろって避難所を訪問し、被災者を見舞われました。
両首脳からは、災害に遭われた方々への哀悼の意が示され、これから日本の復興を支援していくこと、防災や災害援助、原子力安全等の分野でも協力していくことが表明されました。夜は、菅総理主催の夕食会に同席しました。
中国の温家宝首相、韓国の李明博大統領をお迎えして、菅総理主催の夕食会に同席しました。
都内の警備も普段より多いようです

衆院外務委員会、経産委員会、中国の原子力専門家との懇談など分刻みのスケジュール
朝9時から衆議院外務委員会が開会され、租税条約など4条約について質疑と採決。11時過ぎからは、経済産業委員会との連合審査会で鉱業法の改正について審議。14時過ぎ、タイから福島県立医科大学に派遣され、福島県内の避難所などで活躍されたタイ人医師、看護師が表敬訪問されました。合間にブリーフ4件。
16時、中国からの原子力専門家と面談。原子力分野におけるお互いの知見と経験を共有し、原子力安全のために協力していくことについて意見交換しました。17時50分、記者ブリーフ。18時、総理官邸へ。19時半過ぎ、韓国の金外交通商部長官と松本外務大臣との懇談に同席しました。
衆院外務委に出席
経済産業委との連合審査会。鉱業法改正を審議。
福島県内の避難所などで支援をいただいたタイ人医師、看護師の皆様が表敬 訪問されました。
中国からの原子力専門家と面談。
分刻みの日程の中、外務省でブリーフです。

代議士会、本会議、夕方からリベリア、トーゴ、マリの在京大使、臨時代理大使と面会
10:00から地元案件で環境省、近藤副大臣を訪問。10:30、来週からタイに出張するため、ブリーフを受けました。12:45代議士会、続いて13:00から本会議に出席。16:30からアフリカのリベリア、トーゴ、マリの在京大使、臨時代理大使とお会いし、セネガルで行われた第3回TICAD閣僚級フォローアップ会合に対するご尽力に謝意を伝えました。
18:00、武藤在韓国大使がご挨拶に来られました。明日、金外交通商部長官が、明後日には李明博大統領が来日されます。18:20からブリーフ。
きょうも外務省でブリーフや打合が続きました。
衆院本会議。東日本大震災の復興基本法案の審議が始まりました。
アフリカのリベリア、トーゴ、マリの在京大使、臨時大使代理とお会いしました。
武藤・在韓国大使がご挨拶にいらっしゃいました。
民主党外務部門会議、欧州議会議員団と意見交換、日中間サミット打ち合わせ、ウガンダとボツワナの大使が訪問、在京ドイツ大使館へ
朝8時から民主党外務部門会議に出席。お昼は、欧州議会議員団をお迎えし、伴野副大臣主催の昼食懇談会に出席しました。震災後の風評被害、日EU・EPAなど様々意見交換させていただきました。
15時、週末の日中韓首脳サミットについて打ち合わせ。両首脳が被災地に入られることになり、現地や官邸との調整が続いています。16時半過ぎ、ウガンダとボツワナの大使の訪問を受け、両国の関係強化について意見交換させていただきました。
17時半過ぎ大洋州島嶼国についてブリーフ。18時半、在京ドイツ大使館へ。アンナプリンツ公使の離任レセプションに出席しご挨拶させていただきました。「ツム・ヴォール!(健康で!)」
民主党外務部門会議に出席。
欧州議会議員団をお迎えしての昼食懇談会。
外務省で打ち合わせ。
ウガンダとボツワナの大使の訪問を受け、両国の関係強化について意見交換。
在京ドイツ大使館のアンナプリンツ公使の離任レセプションで、ご挨拶させて頂きました。

在京ミャンマー大使、アフリカのタンザニアとレソトの大使と会談
朝10時から「衆院沖縄及び北方問題に関する特別委員会」の理事懇談会に陪席しました。11時、在京ミャンマー大使と会談。午後は代議士会と本会議に出席した後、14時から大臣、副大臣との政務三役会議。大臣より、今週末の日中韓首脳サミットを成功させるため、しっかり頑張るようにと指示がありました。
15時、記者ブリーフ。15時半からアフリカのタンザニアとレソトの大使とお会いし、震災後の支援に対して、謝意をお伝えしました。17時から明日18日の欧州議会議員団との懇談会に備え、ブリーフ。17時45分から定例省議に出席。
在京のミャンマー大使と会談。
衆院本会議に出席。
在京のタンザニア大使、レソト大使にお会いし、震災支援への謝意をお伝えしました。
外務省でブリーフや省議が続きました。

衆議院予算委で震災関連の集中審議、三条市と燕市の両市長から震災関連の要望
朝9時過ぎの新幹線で上京しました。きょうは終日、衆議院予算委員会がテレビ中継入りで開かれ、震災関連の集中審議が行われました。
午後、副大臣との打合せ会議。15時半、三条市と燕市の両市長が来られ、震災関連で要望を受けました。
18時過ぎ駐インドネシア大使を務められた塩尻さんが挨拶に来られました。18時半〜日中韓サミット開催に向けて打合せなど。
三条・燕の両市長が国会事務所に。震災関連の政策要望を受けました。
駐インドネシア大使を務められた塩尻さんが挨拶に来られました。
外務省で打合などが続きました。

地元へ戻り、三条市内は三条祭りで混雑
朝9時過ぎの新幹線で地元に戻りました。今日は三条祭りで市内はとても混んでいました。お天気にも恵まれにぎやかなお祭りになったようです。事務所で打ち合わせのあと来客対応。
午後から事務所で来客対応

宿舎の掃除や洗濯をして外務省へ、国会周辺は目にも鮮やかな新緑
午前中、宿舎の掃除や洗濯を済ませて午後は外務省へ。毎回のことですが、出張で一週間留守にすると各国大使館からの公電などが山のようにたまっており目を通すのが大変です。SPさんがおられたので大臣も出勤していたようです。本当にご苦労さまです。
国会周辺は新緑でいっぱいになりました。
外務省前。警備のおまわりさんも大変だなぁ。

衆院外務委員会理事会に陪席、政務三役会議と記者ブリーフ、明日は在京当番
朝8時45分から衆議院の外務委員会理事会に陪席。9時から12時過ぎまで外務委員会が開催され一般質疑が3時間行われました。午後は、政務三役会議と記者ブリーフ、打合せなど。明日は在京当番となり地元に戻れなくなりました。
衆院外務委員会での質疑。
外務省政務三役会議後の記者ブリーフ。
外務省でブリーフです。

首相官邸で菅首相と政務官との懇談会に出席、震災対応などで意見交換
午前中、新潟日報の取材。お昼に首相官邸で菅首相と政務官との懇談会に出席。震災対応について、さまざま意見交換しました。13時、本会議に出席。13時半、外務委員会理事懇談会に陪席。15時来客対応。15時半、副大臣との打合せ会議。16時、外務省幹部会議。16時半ブリーフ。17時半来客。18時からは明日の委員会答弁について勉強。
先般の海外出張について、新潟日報から取材を受けました。
菅首相と各政務官との懇談会に出席しました。
衆院本会議。
外務省でブリーフです。
三条市の市議会議員の皆さんがいらっしゃいました。

外務委員会で日・インドEPA協定締結の承認など審議、各国大使やNGO関係者を招いて感謝の集い
朝9時から外務委員会が開かれ、日・インドEPA協定締結の承認など3つの協定について審議が行われました。午後は外務省でブリーフ、民主党外務部門会議への出席。
きょうで震災からちょうど2か月。この間、世界各国から義援金や救援物資、救援隊の派遣などたくさんの支援を頂きました。18時から外務省飯倉公館に各国の大使やNGOなど関係者をお招きし「感謝の集い」を主催しました。
松本大臣は「ぜひ日本で観光やビジネス、経済活動を積極的に行って欲しい。日本は安全です」とアピール。テーブルに、福島県産のアスパラガスや栃木県産のほうれん草など被災地の野菜を使った料理や東北の地酒を並べ、壁には各国の救援チームの活動写真を張り出しました。途中、菅首相も駆けつけ各国の支援に感謝の言葉を述べられました。
衆院外務委員会。
民主党外務部門会議に出席。
外務省主催の「感謝の集い」
新潟からも参加。
会場内には各国の震災救援チームの活動写真も張り出されました。

多くの皆さんが集まっていただきました。

福島で海外の医療関係者を受け入れている大学や病院を訪問
朝8時の新幹線で福島市に向かいました。外務省が窓口になりヨルダンの医療チームを受け入れている福島県立医科大学を訪問しました。
避難所生活が長引く中、エコノミークラス症候群の発症が心配されています。ヨルダン人医師と日本人医師、看護師でチームを組み避難所を巡回し、血栓等の異常がないかを検査し予防アドバイスを行いました。
アラブ諸国から派遣された初めての医療チームで、当初は言語のハンディキャップを心配しましたが、地元市民に溶け込み、検出率、活動量を増加させるなど大変大きな成果を上げられました。明日、帰国されますが、私から政府を代表して感謝を申し上げました。受け入れてくださった、福島県立医科大学のみなさまも、大変ありがとうございました。
午後から郡山市に移動、南東北病院を訪問。4月から研修医として着任されているブルネイ人女性、シェィクスピアさんを激励しました。先日訪問したブルネイで閣僚と会談した際にも、彼女の活躍ぶりが話題となりました。原発被害にもめげず「一人でも多くの患者さんの役に立ちたい」と流暢な日本語で話されていました。
続いて、同病院で就労研修と国家試験合格に向けて頑張っておられるインドネシア人看護師候補者のドゥイさん、プスパさんと面談。
インドネシアの家族は福島で生活することを大変心配されたそうですが、「大丈夫。心配ありません!」彼女たちの明るい笑顔は患者さんに人気だそうです。
難解な漢字の読み書きに最も苦労しているとのこと。この点、厚労省との協議で試験の漢字に英語訳やふりがなをつけるよう改善したいと思います。
ヨルダン医療チームに日本政府を代表して感謝を申し上げました。
ブルネイ人医師・シェィクスピアさんを激励。
彼女は「一人でも多くの患者さんの役に立ちたい」と流暢な日本語で話されていました。
インドネシア人看護師候補者のドゥイさん、プスパさんと面談。

出張が終了、クールビズでブラウスで出勤してさっそくブリーフや来客対応
出張を終え、昨夜無事に帰国しました。久しぶりに自分の布団で眠れる幸せ。なのに、神経が高ぶっているのか何度も目が覚めて安眠できませんでした。
スーツケースを片付け、洗濯を済ませて外務省へ。初夏を感じさせる爽やかな風を感じます。5月から国会はクールビズになったので、ブラウスで出勤しました。ブリーフ4件、来客、決済が夜まで続きました。
外務省でブリーフです。

すべての日程を終えて帰国、3カ国訪問で計11回飛行機に乗る
朝9時半にホテルを出て空港に向かいました。すべての日程が終わりホッとしています。ブルネイから香港に飛び、香港から日本航空で約4時間。羽田空港に着いたのは夜8時半でした。
今回、3か国訪問するのに計11回飛行機に乗りました。西アジアは移動が不便なのです。日本の震災という苦難に対し、多くの国々が悲しみと同情を寄せていること、その悲しみを乗り越えて、日本が引き続き国際社会で大きな役割を果たしていくことが期待されています。
駐ブルネイ広瀬大使はじめブルネイ政府関係者とお別れし、帰国の途に。
今回の訪問は、ブルネイタイムスはじめ現地紙に取り上げられました。
ブルネイでビラ皇太子を表敬訪問、モハメッド外務貿易大臣、ヤスミンエネルギー大臣と会談
朝6時45分、クアラルンプール発の飛行機でブルネイに向かいました。2時間半後、バンダルスリブガワンに到着。市中に見えるきらびやかなモスクやショールを巻く女性たちの姿に、イスラム国に来たことを実感します。
11時半、ビラ皇太子を表敬訪問。王室との謁見は非常に難しいのですが、久しぶりの日本政府からの来訪ということもあり、直接、皇太子の執務室にお招き頂きました。ボルキア国王自らからお見舞いを頂いたり義援金など温かいご支援に御礼を申し上げました。
続いて12時半、モハメッド外務貿易大臣と会談。午後はヤスミンエネルギー大臣とお会いしました。
日本の天然ガスの輸入の約8%はブルネイ産であり、今後も引き続いて安定供給を要請しました。先方からは「もちろんだ」と確約を頂きました。
夕方、大使館で合同プレス会見。日本の食品、日本への渡航は全く問題なく安全であることを強調し、その様子は翌朝の「ブルネイタイムス」など各紙に大きく掲載されました。夜7時半、現地で活躍する日本の企業人と懇談。最近は日本の高度先進医療分野への関心が高まっているとのお話もお聞きしました。
毎週金曜日、大勢の信徒がお祈りに集まるモスク。
ビラ皇太子との会談。
皇太子の執務室。さすがに王室です。
モハメッド外務貿易大臣と会談。
ヤスミンエネルギー大臣と会談。
共同記者会見。

ブータンでJICAの故西岡京治さんの墓参り、クアラルンプールのホテルへ
空気が薄いため息苦しくて早く目が覚めました。窓の外は、日本では見たことがない青空が広がっています。朝8時過ぎに宿舎を出てパロの空港へ。たった一日の滞在でブータンとお別れです。
途中、ブータンで農業指導に携わりブータン国民なら誰でも知っているJICAの故西岡京治さんのお墓をお参りしました。西岡さんはブータンで亡くなるまで、農業の機械化や米や果物の品種改良に取り組まれました。
11時、パロ空港を出発。午後3時過ぎ、タイのバンコク着。午後5時過ぎ、バンコクからマレーシアのクアラルンプールに向けて出発。クアラルンプールのホテルに着いたのが夜8時半過ぎでした。それにしても西アジアはフライトの接続が悪く移動が不便です。一日中飛行機に乗り、体力を消耗してしまいました。
首都ティンプーの中心市街地。
故・西岡さんのお墓参り。
日本の棚田のような風景が広がっています。
「さよなら!!お元気で~!!」
機内食

ブータンでジグメ・ケサル国王陛下に謁見、ケザン王女殿下と再会
朝8時半発の飛行機に乗り、ブータンへ。ブータンは世界の25ヶ国としか外交関係がありませんが、日本とは1986年に国交を樹立し、皇室と王室の往来も盛んに行われてきました。日本はブータンの全世帯電力化を援助していて、古くから農業支援も行っています。ブータン国民は日本の支援に感謝し、信頼と親愛の情を寄せてくれていますが、日本政府要人が訪問する機会は少なく、今回は久しぶりの訪問です。
飛行機はまるでインディージョーンズの映画のシーンのように深い山脈の谷間をぬうように着陸しました。現地で活躍するJICAの仁田所長のご案内のもと、車で山道を1時間走り首都ティンプーへ。呼吸が苦しく、空気を吸ってもなかなか体内に入ってこない不思議な感覚。足元がふらつき、動作ものろく目がかすむ。これが標高2500メートルの体感です。
ジグメ・ケサル国王陛下との謁見(えっけん)は、国王自身の特別なおはからいにより執務室ではなく宮殿で実現しました。31歳の若き国王。5年前に即位され、人々の尊敬と信頼を集めています。国王のブロマイドや国王のカレンダー、国王のバッチがあちこちで売られ、まるでアイドルのようです。
お父さまの先代国王は、ブータンの開発理念として国民総幸福量(GNH)を掲げられ、経済発展よりも国民一人ひとりの幸福、文化、秩序を重んずることを提唱されました。国王の定年制や議会によって国王を罷免できることまで憲法に盛り込みました。
地震直後、国王や首相がそれぞれ追悼式を主催し、また全国主要寺院で一斉に3日間連続で法要が行われました。100万ドルの義援金も送られました。こうした支援に対し、私から深く感謝を申し上げました。
国王との謁見のあとケザン王女殿下を表敬訪問しました。ことし2月に東京でお会いして以来の再会です。王女は被災地の状況についてとても心配しておられました。続いて、テインレイ首相兼外相と会談、ブータンの民主化定着、開発支援、国際機関選挙での協力など幅広く意見交換しました。
一連の会談のあと記者会見。夜は、青年海外協力隊や在留邦人のみなさんと懇談。ブータン人と結婚し当地で学校をつくった岡山県出身の女性、新潟県十日町市出身の女性もおられ、日本人の素晴らしい活躍ぶりに感動しました。
ブータンのパロ空港に到着。
国王の宮殿へ。
ケザン王女と王女の御夫君。
ティンレイ首相と会談。国王の写真が飾られています。
ブータンで活躍する日本人。
ケサル国王陛下との謁見

スリランカの「子ども支援センター」を訪問、外相を表敬、インドのコルタカ
朝8時過ぎに宿舎を出発し、「子ども支援センター」を訪問。2003年に設立された、発達障害のおそれのある子どもの早期発見や治療、訓練を行っている国内唯一の機関です。スリランカの女性が日本で研修を受けた際に、日本の障がい児教育や社会福祉を学び、そのノウハウを生かして開設されました。スリランカでは宗教上の教えにより、前世または親の不徳により障がい児童が生まれるとの考えが広く浸透しています。日本から派遣された指導者たちの地道な取り組みもあり、少しずつ偏見が減り、親や地域の理解が進んでいるようです。
10時過ぎ、ピーリス外務大臣を表敬訪問。26年間続いた内戦を2年前に終結して以来、1度もテロが起きず、国内避難民の再定住や国民和解を進めていることを評価しました。さらに、安保理改革をはじめとする国際場裏でお互いに協力していくことを確認し、来年は国交樹立60周年を迎えることもあり、さらに二国間関係を強化することで一致しました。ピーリス大臣は、繰り返し日本の震災に対してお悔やみとお見舞いを述べられました。
午後2時半、コロンボ発の飛行機に乗り、途中インドのデリーで飛行機を乗り換え、コルカタ市内のホテルに到着したのは夜11時半過ぎでした。
車窓からコロンボ市内。
子ども支援センターを訪問。
ピーリス外相と会談。
デリーの空港では斎木・駐インド大使が出迎えてくれました。

シンガポール、マレーシアを経由してスリランカへ、ラージャパクサ大統領と会談
羽田を発って約7時間後、シンガポールに到着しました。飛行機を乗り継ぎ、マレーシアのクアラルンプール経由でスリランカのバンダラナイケ国際空港に到着。さっそく、コロンボ市内のホテルで昼食にカレーをいただきながら、高橋大使から現地情勢についてブリーフを受けました。午後2時半、サマラシンハ・プランテーション大臣、5時15分、ラージャパクサ大統領と会談。
スリランカといえば紅茶が有名。実際、日本の紅茶の6割はスリランカから輸入されています。震災直後、被災地の人々に温かい紅茶で元気を回復して欲しいと、スリランカ政府は300万パックもの紅茶を提供してくださいました。また、100万ドルというスリランカにとっては大金である義援金を寄付していただいています。ラージャパクサ大統領、サマラシンハ大臣に心より感謝をお伝えしました。
福島原発への対応や被災地の復旧状況についても説明し、国際社会に大きな不安と心配を与えてしまったことをおわびし、それでもスリランカ政府が渡航禁止や輸入制限などいっさい取らず、冷静な判断をしていただいていることについて謝意をお伝えしました。
夜7時から、スリランカで活躍する企業関係者や日本人学校の教師、JICAやJOCVなど邦人と意見交換会。
スリランカは、内戦が終結した後、着実に経済成長を遂げており、昨年の経済成長率は8%、国民一人当たりの平均所得はインドの2倍です。町中にモスク、寺院、教会が立ち並び、さまざまな宗教、民族が共存しています。他宗教、他民族を認め合い、力を合わせて国を興していけば、この国はさらに大きく発展すると思います。
コロンボ市内の風景。
サマラシンハ大臣と会談。
ラージャパクサ大統領と会談。
スリランカで活躍する日本人と大使公邸で記念撮影。

第1次補正予算案が全会一致で可決、東日本大震災への支援でスリランカからブータン、ブルネイを訪問
午後の参議院本会議において、第1次補正予算案が全会一致で可決しました。
オサマ・ビンラディン容疑者がパキスタンで殺害されたとの一報が入りました。9.11テロからちょうど10年。今後、アフガニスタン情勢がどう変化するか、慎重に見極めていかなくてはなりません。
今夜23:50分羽田発のフライトでスリランカに向かいます。スリランカからブータン、ブルネイを訪問し政府要人とお会いする予定です。東日本大震災で頂戴した温かい支援に感謝を伝え、福島第一原発事故の情勢について説明し、今後の二国間関係の強化について話し合いたいと思います。帰国は8日夜の予定です。
海外出張への出発直前まで、議員会館事務所で準備に追われました。

加茂地区と三条地区の栃尾地区のメーデーへ、三条市内の避難所へ
朝7時の新幹線で地元へ。9時過ぎ、メーデーの加茂会場でご挨拶させて頂きました。小さな子どもさんも参加されていました。10時、三条地区メーデーに移動。ことしはデモ行進を自粛しましたが、大勢の参加者で元気にガンバロウコールを行いました。
10時半、国定市長のご案内で三条市内の避難所へ。三条体育文化センターは、市内で2番目に大きい避難所で、南相馬市から来られています。清掃、整理・整頓がよく行き届いており、みんなで協力して規則正しい生活を送られていることが伝わってきます。辛く不安な思いでおられるでしょうに、笑顔であいさつして下さるなど謙虚で辛抱強いお姿に接し、頭が下がります。
お昼には、ボランティアの方がコメ粉を使った美味しいお蕎麦を振舞って下さいました。「小学校の近くにアパートを借りたいのですが、なかなか見つからなくて…」と心配されるお母さんに、国定市長は「どこにどんな物件があるかわかりやすくまとめて近いうちにお示ししますね」と答えられていました。夜は栃尾地区のメーデーに参加し、そのあと上京しました。
加茂地区メーデー
三条地区メーデー
「明日は一時帰宅できるので荷物を取りに行ってきます。」とのこと
一日も早くご自宅に帰られるよう万全を期さねばと思います
子どもたちが自由にパソコンを使えるよう三条市は工夫を凝らしていました
「市長さん、ご相談があります」と若いお母さんが駆け寄られました
小雨の中、温かいおそばが心身を温めてくれました
壁には故郷の情報が貼りだされています
栃尾地区メーデー

